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東京高等裁判所 平成6年(う)1511号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人四名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人四名の弁護人遠藤憲一、同大口昭彦、同秀嶋ゆかりが連名で提出した控訴趣意書及び被告人A、同B、同Cがそれぞれ提出した各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官新井克美作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。

第一  弁護人の控訴趣意について

〈中略〉

第三  訴訟手続の法令違反をいう論旨について

一  乙川、甲野の検察官調書に関する論旨について

1  起訴後の取調べの違法をいう論旨について

論旨は、要するに、次のようにいう。甲野太郎の検察官調書(一八通のうち一五通)及び乙川次郎の検察官調書(一四通のうち一二通)は、違法な起訴後の取調べに基づき作成されたものであり、証拠能力がない。すなわち、これらの供述調書の作成に際しては、任意捜査であることの形式的な説明がなされただけで、取調室への出頭を拒み、又は出頭後いつでも退去できることが十分に知らされておらず、また、内容上も起訴前と同様の高密度で集中的な取調べが行われている。したがって、そもそも起訴後の取調べは許されないとする有力学説によるときはもとより、判例又は裁判例で示されている基準に照らしても、その取調べは違法である。特に、第一回公判後の取調べについては、判例(最高裁判所昭和三六年一一月二一日第三小法定決定刑集一五巻一〇号一七六四頁)をいかに緩やかに解釈しても、許容の余地はない。しかるに、前記各供述調書を採用した原審の訴訟手続きには重大な法令違反がある。

そこで検討すると、関係各証拠によれば、所論が指摘する甲野及び乙川の各検察官調書については、次の事実を認めることができる。すなわち、甲野は、平成元年一二月二六日東峰団結会館に係る封印破棄罪により千葉地方裁判所へ勾留中起訴され、平成二年三月一日第一回公判が開かれて即日結審し、同月一四日懲役八月、二年執行猶予の判決が宣告され、同判決は、同月一六日確定した。取調済みの甲野の検察官調書(謄本)は、全部で一八通あり、うち二通が起訴前のもの、一通が起訴当日のもの、一〇通が起訴後第一回公判までのもの、五通が第一回公判後判決宣告までのものである。また、乙川は、平成二年四月一〇日東峰団結会館に係る封印破棄、木の根育苗ハウスに係る凶器準備集合、火炎びんの使用などの処罰に関する法律違反、公務執行妨害罪により千葉地方裁判所へ勾留中起訴され、同年六月二八日第一回公判が開かれて即日結審し、同年七月一二日懲役二年六月、三年間執行猶予の判決が宣告され、同判決は、同月一八日確定した。取調済みの鈴木の検察官調書(謄本)は、特信性立証の疎明資料である一通を除き、全部で一四通あり、うち一通が起訴前のもの、一通が起訴当日のもの、一二通が起訴後第一回公判までのものである。

ところで、本件では、起訴後の取調べに基づく供述調書を当該供述者以外の者の被告事件において証拠として許容できるか否かが問題とされているから、当該供述者の被告事件における場合と全く同一に論ずるのは適当でなく、供述者にとっては起訴後の取調べであったという点を含めて、供述調書の作成過程にこれを本件における証拠として許容できない違法があるか否かという観点から、その証拠能力を相当と解される。

関係各証拠によれば、本件においては、(1)取調担当官は、起訴後の取調べに際し、甲野、乙川に対し、起訴後の取調べは任意であるから無理に応ずる義務はない旨告げており、両名とも、その趣旨を十分理解した上で自分から進んで供述したこと、(2)それぞれの事件が事案複雑で関係者多数のため、事実関係について所要の取調べをした上供述調書を作成するには相当の時間が必要であったこと、(3)甲野、乙川に対する起訴後の取調べは、右両名の起訴済みの事件に関する取調べという面のほか、右両名以外の共犯者を被疑者又は被告人とする事件の捜査という面も有していたこと、(4)甲野の検察官に対する供述調書のうち五通は、前記のとおり、甲野に対する封印破棄被告事件の第一回公判後の取調べに基づき作成されたものであるが、右第一回公判においては、甲野が事実関係を全面的に認め、所要の手続きを経て即日結審されており、右取調べは、第一回公判後になされたものではあるが、要するに、結審後の取調べにほかならないのであって、専ら甲野以外の共犯者を被疑者又は被告人とする事件の捜査という面からなされたものと考えられること等の事情が認められる。右のような事情に照らせば、起訴後に作成された前記各供述調書は、第一回公判後に作成された甲野の検察官に対する供述調書五通を含め、許されない起訴後の取調べに基づき作成されたものとは認められない。所論は、最高裁判所の前記判例をいかに緩やかに解しても第一回公判後の取調べは許されないというのであるが、右判例は、起訴後においては、被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることは、なるべく避けなければならないが、これによってただちにその取調べを違法とし、その取調べの上作成された供述調書の証拠能力を否定すべきでなはない旨判示しているところ、供述者に対する被告事件の第一回公判後に当該公訴事実について作成された捜査官に対する供述調書であっても、前記のように、任意の取調べであることが確保されていたほか、同被告事件が第一回公判で公訴事実に争いがなく即日結審されており、同調書が専ら供述者以外の者に対する事件の捜査という面から作成されたものであるなどの事情が認められる本件においては、これを許されない起訴後の取調べに基づき作成されたものとみるのは相当でなく、このように解しても、前記判例と抵触するとは考えられない。

そうすると、前記各供述調書の作成過程には、これらを本件における証拠として許容できない違法があるとはいえないから、これらに証拠能力を認めた原判決に所論のいうような誤りがあるとは認められない。

〈中略〉

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告人四名に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤文哉 裁判官 金山薫 裁判官 永井敏雄)

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